あきる野散歩(1)阿伎留――古代の人々も住みやすさを実感
地名好きの私は、平成7年、秋川市と五日市町の合併によって「あきる野市」が誕生したことを耳にしたときは胸が熱くなりました。
欲を言えば、「阿伎留野市」にしてもらいたかったのですが贅沢は言えません。「あきる野」なんて、なかなかのネーミングです。
いかにも「古代」の響きを持つ「阿伎留(あきる)」。
調べてみると、平安時代の法令集「延喜式」の神名帳に「阿伎留神社」が見えるように、千年以上の歴史を持つ地名でした。
検索してみたところ、こんにち「阿伎留」の名を残すのは阿伎留神社の他には「阿伎留医療センター」くらいでしたが、この地名はもはや「文化財」。後世まで末永くたいせつにしてもらいたいものです。
さて、「あきる」とはどういう意味なのでしょうか。
諸説ありますが、有力なのは「畔切(あくろ)」から転じたという説。
「畔切」とは、川岸の平らな土地や崖地を指す古い言葉です。あきる野の地形を見てみると、秋川が長い年月をかけて大地を削った河岸段丘が広がっています。川を見下ろす崖と平らな台地。まさに「畔切」地形そのものです。
もうひとつは実りの「秋」に由来するという説で、この地が古くから、豊かな収穫をもたらす場所だったことを物語っています。黄金色の稲穂や豊かな里山の恵みを彷彿とさせる説ですが、私は前者が有力なのではないかと思います。
いずれにせよ、古代の人々が「あきる野」が住みやすい地であるを感じていたことの何よりもの証拠です。
古代人もお墨付きの「あきる野」。
※出典元 東京都建築士事務所協会