歴史好きとして、あきる野市で最も心惹かれるのが「五日市憲法草案」です。
明治時代、この地の静かな土蔵から、日本国憲法の先駆けとも言える、驚くべき文書が発見されました。
昭和43年、深沢にある古びた土蔵で、色褪せた数冊の冊子が見つかりました。
それは、明治の初め、千葉卓三郎という一人の青年と、地元の知識人たちが起草した憲法の草案でした。
千葉卓三郎は仙台藩出身で、自由民権運動の波に乗ってこの地にたどり着き、小学校の教員をしていた人物です。
驚くのはその内容の先進性です。「国民は法律によらなければ逮捕・監禁されない」「国事犯(政治犯)には死刑を科さない」。
当時の明治政府が作った大日本帝国憲法よりもはるかに民主的で、現代の人権感覚に近い条文が並んでいたのです。
これが、東京の中心から離れた、山深い五日市の農村で議論されていたのですから、当時の人々の民度の高さ、そして「新しい時代を自分たちで作るんだ」という気概には驚かされます。
当時、五日市では「学習会」と呼ばれる勉強会が盛んに行われていました。
豪農の家の蔵や広い座敷に集まり、夜な夜な、国のあり方や法律、そして「自由とは何か」について激論を交わしていたのです。
ランプの灯りの下で、若者たちが目を輝かせて語り合う様子が目に浮かぶようです。私もそんな場の一人として加わりたかったなあ。
あきる野市には、単なるのどかな田舎というだけでなく、こうした「知の土壌」が脈々と受け継がれています。
子育てや教育を考える上で、この歴史的背景と風土は、他にはないとても魅力的な財産だと私は思います。